祈りのカルテ / 知念実希人

ちゆき

初めて医療ミステリーを読みました。

私は昔から本は好きですが、読むジャンルの幅は決して広くないと思います。好きな作家は芥川龍之介、太宰治、江國香織さん、村上春樹さん。
(亡くなっていると敬称を省いてしまう不思議)
いわゆる純文学と呼ばれる小説ばかり読んできました。あとは平安文学も好きでした。ミステリーやサスペンスはほとんど読んだことがありません。

そんなジャンル偏りがちの私がなぜ『祈りのカルテ』を読んだのかというと、著者の知念実希人さんのお人柄に惹かれたから。同じ作家さんの本ばかり読んでいた私は知念さんのことを今年、2021年まで知りませんでした。
知ったきっかけはTwitter。医療関係者の方々は以前から少しはフォローしていましたが、コロナ禍でさらにその数が増え、知念さんを知ることができました。

知念さんのツイートは誠実です。できるだけ多くの人に有益な情報を届けたいという気持ちが伝わってきます。間違った情報を否定したり、正しく恐れることを促したり。
たくさんの小説を書かれていることも知り興味を持ったのですが、どうもミステリー畑の方らしい。
ミステリーというと中学生の頃に宮部みゆきさんの本を少し読んだことがあるくらい。ドラマや映画、漫画でもミステリー系はほとんど見たり読んだりしません(コナンも)。

『祈りのカルテ』は角川書店のカドフェス2021で紹介されていました。毎年夏になると新潮社や集英社などがオススメの文庫を100冊掲載した小冊子を制作しています。書店で無料で入手でき、いろんな本を新たに知ることができるので大好きです。

さて、『祈りのカルテ』は簡単に説明すると研修医・諏訪野良太が研修先の科で出逢う患者さんたちの抱える問題に向き合い、解決していく物語です。
患者さんたちの問題は様々。定期的に大量の睡眠薬を飲んで搬送されてくる女性、胃癌の内視鏡手術をわざわざ開腹手術に変えてほしいと懇願する老齢の男性、VIP待遇で入院しているわがままな有名女優。
でもひとりひとりには自分からは明かせない秘密や事情がありました。
諏訪野先生は医学的なことについては研修先の指導医から学びつつ、それぞれの患者で感じた不自然さを決してそのままにせず、相手と向き合います。もちろん患者さんたちもそう簡単には心を開きません。そういうとき諏訪野先生は探偵さながらに、自分で得た手がかりを調べて真相にたどりつきます。ここがミステリーですね。

5つのエピソードで構成されていますが、どれも読後に心が温かくなります。個人的に好きなのは「冷めない傷痕」と「胸に嘘を秘めて」。
「冷めない傷痕」はなぜか入院後に火傷が広がっている女性患者の話で、一番ミステリー色が強いように思います。
「胸に嘘を秘めて」は最後の、そして一番長いエピソードです。これはラストで涙が出ました。いろんな人の純粋な想いで胸が詰まります。

『祈りのカルテ』には悪人が出てきません。善良で愛と優しさを持っている人たちばかりです。そしてまっすぐで患者さん思いの諏訪野先生が関わっていくことで、不穏だった空気の物語がどんどん澄んでいきます。
こういうミステリーもあんるんだ、と新鮮な驚きがありました。

短編集のようにひとつひとつのエピソードは単独で読んでも面白いのですが、「祈りのカルテ』は研修医である諏訪野先生がどの科に進むかを描いた物語でもあります。
お話ごとに精神科、外科、皮膚科、小児科、循環器内科と舞台は違いますが、諏訪野先生の奮闘ぶりと入局先をどこにするかで悩む姿は変わりません。
どの科でも真摯に患者さんに向き合い問題を解決しますが、指導医からはいつも「君はこの科には向いてない」と言われます。
それは決して悪い理由ではなく、最終的には入局先も決まるのですがそれは読んでのお楽しみ。

爽やかな医療ミステリー。もっと知念さんの本を読みたくなりました。