ちゆき
大好きな料理コラムニスト、山本ゆりさんのエッセイ集です。
ゆりさん(山本さんではなく下の名前で呼びたくなっちゃう)は日本で一番料理本が売れている方なのでご存じの方、レシピを実践してみたことがある方も多いはず。少し前にはTBSの「情熱大陸」でも特集されていました。
ゆりさんは良い意味ですごく「普通」の人だと思います(星野源さんも「いのちの車窓から」で後に奥さんになるガッキーについて、そんな最大限のほめ方してたなぁ)。
レシピ本が累計700万部売れても、Twitterのフォロワーが100万人を超えても、ひたすら庶民的で謙虚で優しい。ブログは10年以上前から、最近はTwitterやInstagramも使ってレシピやそれ以外のエッセイ的な文章を発信されていますが、ひたすら読者思いだと思います。細かく具体例を挙げたいけど、長くなりそうなので割愛。ひとつに絞るなら、私はゆりさんのレシピや本についてツイートして、何度か「いいね」やお返事をいただいたことがあります(単に自慢したいだけ)。
ほめられることはもちろん、企業とコラボしたりレシピ本大賞で入賞したりしてもゆりさんは全然驕らない。こちらの「美味しい」とか「家族が喜びました」みたいなことばにその都度喜んでくださいます。
この「おしゃべりな人見知り」は3冊目のエッセイ集。これまでのエッセイ集でもその表現力で予期せぬタイミングでふき出すこと、数え知れず。ことばの使い方や文章が上手なのはもちろん、私のような読者が笑えるのはゆりさんが等身大でとにかく飾らないから。「これかっこ悪くて、人には言えない!」みたいなこともそのまま書いてくれます。だから共感するし、ほっとする。笑う。
何度も書いているかもしれないが、料理以外のすべての家事がすべて苦手、そして嫌いだ。掃除も嫌いだし、アイロンがけは嫌いというレベルを超えてもういっさいしてないから家事にすら入れてない。1冊目のエッセイ本でアイロンがけが苦手な話を書いたが、新婚で頑張っていた頃が懐かしい。Yシャツはクリーニングに出すという贅沢を覚えてしまった。あまりに上達せず、アイロンを見るのも嫌になり、このままでは夫の影のあだ名が「シワシワ」になりそうな気がしたのだ。ちなみに給食着は手アイロン(かかわんわ。折り紙で使う用語や)。
ゆりさんのこういうところが好きです。よく見られたいという気持ちがもちろんなくはないと思うけど、文章ではありのまま(エルサとは違った意味で)さらけ出してくれる。給食着って、私の娘の学校では「洗濯してアイロンがけして戻してください」ということになっているし、たぶんそういう学校がほとんどだと思います。そこを「手アイロン」って書いてくれるところが良いんです。この本にはコラムとして実際のゆりさんや娘さんのごはんやおやつが写真で載っているのですが、「素敵!」というより「実際こんな感じだよね。ゆりさんもそうなんだ!」と安心します。
第2章「自意識過剰の乱」は、私みたいに自意識過剰な人間が読むともう共感に次ぐ共感。「人にものをあげるときのはなし」「おひとりさまビュッフェ」「社交性のある人」はゆりさん節全開で大好きなエピソードです。
私も人にものをあげるときは考えすぎて「もうあげなくて良くない?」ってなりかけるし、ビュッフェでは人の目を気にしつつ何周もしちゃうし、そこまで親しくない人に誘われるのは苦手です。もうゆりさんと直接お話したい。
ゆりさんの文章って()でひとりツッコミが入ることも多いのですが、これもある意味自意識の現れなのかもと思います。自分を客観的に俯瞰しているところがあって、それがツッコミとして面白く昇華されているというか。そしてそれはゆりさんの優しさにつながる部分でもあると思います。
「おしゃべりな人見知り」で私が一番印象的なのは最後の第6章「いつか晴れた日に」でした。いつも笑いをくれるゆりさんですが、この章は少し空気がちがう。災害時のこと、しんどいときに追い打ちとなる自己嫌悪、今を生きることの大切さや難しさなどについて正面から向き合っている章です。
それぞれの文章に全然嘘がなく、読者に対して誠実。そして優しい。私も何度か泣きそうになりました。なんだか少し救われたような気分になるのです。
どこを引用しようか迷いましたが、一部を切り取るよりもゆりさんのことばに直に触れる方が響くと思うのであえて控えます。
この本はエピソードにちなんだレシピもついていて、さすが料理コラムニスト。ちなみにこの料理コラムニストというのはゆりさんの造語らしくて、「研究家」と名乗るのがはばかられるかららしいのですが、謙虚で文章も書けるゆりさんにぴったりだと思います。
ぜひこの「普通」で優しい料理コラムニストさんの文章を堪能してほしいです。336ページがあっという間です。