家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった /岸田奈美

ちゆき

笑って泣ける本、というととてもありふれた月並みな表現になってしまうけれどまさにそれ。
とにかく文章が上手。個性とユーモアが溢れてていて、自分もこんな風に書けたらなぁと羨ましくなります。
村上春樹さんとは違った意味で比喩(たとえ)が面白い。
(ちなみに岸田さんは村上春樹さんが大好きだそうです)
文章の流れで味わうのが一番ですが、たとえば自分自身のことを「人としての器が刺身じょうゆ皿ほどしかねえのだ」と言ってみたり。
思わず笑っちゃいます。

岸田さんの文章は、明るくて優しい。
文は人なり、ということばがあるけど本当にその通りだと思います。
私は岸田さんをTwitterで知りましたが、140字のツイートでもなんとなく人となりって伝わってきます。
※でも早速自分でツッコミを入れるようだけど、朝井リョウさんが直木賞を受賞した「何者」に
『たった140字で相手を分かった気になるな』
という内容の台詞があって、それはそれで真理だとも思っているのですが。

岸田奈美さんといえばご本人はもちろん、ご家族が本当に素敵。
お父さんは岸田さんが中学生のときに心筋梗塞で急逝、お母さんはその後大動脈解離の手術の後遺症で車いすユーザーに、そして弟さんはダウン症。
そう聞くとびっくりする人も多いだろうし、私もそうでした。
でもそれぞれがすごーくあたたかくて優しい人なんです。
もちろん私は知り合いでもなんでもないけど、「この人たちと話してみたいなぁ」と思う。
岸田さんやそのご家族と交流できたら、今より少し良い人間になれそうな気がします。

この本ではお父さんの死やお母さんの手術、岸田さんの休職など、かなり重い場面も描かれています。
岸田さんはそれをぼかさず、苦しさやつらさもしっかり書いています。
単に明るいだけじゃない、裏のない文章であり、人柄なんでしょう。
そしてそんな逆境を受け入れ乗り越えていく力、周りの人を愛し感謝する姿が輝いている。

個人的に特に好きなお話は、
「母に『死んでもいいよ』といった日」
「黄泉の国から戦士たちが帰ってきた」
「バリアバリュー」
「櫻井翔さんで足がつった」
でしょうか。
それ以外もどれも好きですが。

「バリアバリュー」では泣いてしまいました。
お母さんへの愛と行動力に圧倒されます。
私は娘でもあり母でもありますが、どちらの立場で読んでも涙が出てきます。
ちなみに社会人として読んでもとても勉強になる素晴らしいエピソードです。

「奈美にできることはまだあるかい」というお話でも感じましたが、岸田さんはお金の使い方が素晴らしくて。
本の印税やネットで公開した記事で得た収入を、どーんと家族のため、世のために使います。
ご家族のことを書いて入ったお金で弟さんと旅行に行ったり、お母さんにボルボを買ったり、世界ダウン症の日に新聞に広告を出したり。
自分にはできないから、ただただ尊敬します。
日本にはまだまだ若い素敵な人がいるなぁ。

岸田さんはネットのnoteでもいろんなエピソードを公開されていて、無料で読めるものも多いのでおすすめです。
今もいろいろと大変なご様子ですが、読んでいてむしろこちらの気持ちを軽くしてくれるほどの強さと明るさで邁進してらっしゃいます。

大変なことを明るく書き上げる天才だと思います。
これから先も、さらに素晴らしい作家さんになるはずです。